タメ息を袋に集める

左手の独立

左手が、僕から独立したがっている。
考えてみれば僕は傲慢だった。
左手を、自分の体の一部のように思っていた。
左手が、何でも自分の思いのままに動くと思っていた。
しかし、よく考えれば左手は左手だ。

僕は左手を独り立ちさせる決心をした。
すると、左手との思い出が走馬燈よろしく甦る。

左利きに憧れて左で字を書いた日、
あの時左手は、契約違反の理不尽を感じていたのだろう。
右手で負けた腕相撲のリベンジを左手でした日、
左手は関係ない勝負に引っ張り出された。
僕の不安や苛立ちを口元にタバコを運んで癒してくれた左手。
僕は感謝の気持ちすら持ってなかった。
逃げ遅れて犬に噛まれた左手。
右手の不注意で彫刻刀に切られた左手。
駐車場でギアをバックに入れてくれる左手。
ボーリングの球を投げさせてもらえない左手。
右手よりちょっと短い左手。

けれど左手は今まで文句も言わずに付き合ってくれた。
左手は優しかった。
左手は親切だった。
そして、右手の爪を切ってくれた。

僕は思わず左手を抱きしめる。
上手く抱きしめられない。
だって左手は抱きしめるばかりで
抱きしめられたことはなかったんだから。

僕は何日も躊躇ってから、
左手を切り離した。
断腸の思いだ。
こんなにも辛く、痛いことだとは思わなかった。
涙が止まらない。

僕は左手に別れを告げる。
お前ならきっと、ひとりでも上手くやっていけるはずだ。
けれど、けれど忘れないで欲しい。

お前は俺の栄養を使って、ここまで大きくなったんだ。
そしていつでも一緒だった。
覚えていて欲しい。
あのときめきの電話も、
あの砂を噛む悔しさも、
死にゆく愛犬の毛並みの感触も、
滑り抜けた彼女の黒髪の間、
辿り着いた頂上に立てた旗、
退屈な日常、
無意識に引き寄せられた毛布、
海底に沈む水中メガネ、
逆立ちの練習、
卒業証書授与式、
老人ホームでのフォークダンス、
チャバネゴキブリとの格闘、
排水溝に落ちた家の鍵、
引っ越しのアルバイト、
うまく結べないネクタイ、
自転車の急ブレーキ、
オヤスミ前の電気のヒモ、
繰り返し、
繰り返し、
繰り返し
変わりない明日へ、明日へと
一日一日を繰り返してきた
その時間の全てをお前と
お前と共有してきたことを、

やがて、左手のお前の根元から
もう一人の人間の形が出来上がり、
お前は左手を持った一人の男になるだろう、
そしていつか、
僕と同じように左手を旅立たせるだろう、
そして僕のように思い出す、
自分がかつて、左手だったことを、
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by maekawaz | 2004-02-08 20:03 | 詩集
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